2003年3月23日日曜日

珊瑚集:道行 ポオル・ヴヱルレヱン


『珊瑚集』ー原文対照と私註ー

永井荷風の翻訳詩集『珊瑚集』の文章と原文を対照表示させてみました。翻訳に当たっての荷風のひらめきと工夫がより分かり易くなるように思えます。二三の 私註と感想も書き加えてみました。

ポール・ヴェルレーヌ
原文       荷風訳
Colloque sentimental PAUL VERLAINE

Dans le vieux parc solitaire et glacé,
Deux formes ont tout à l'heure passé.

Leurs yeux sont morts et leur lévres sont molles,
Et l'on entend à peine leurs paroles.

Dans le vieux parc solitaire et glacé,
Deux spectres ont évoqué le passé.

- Te souvient-il de notre extase ancienne ?
- Pourquoi voulez-vous donc qu'il m'en souvienne ?

- Ton cœur bat-il toujours à mon seul nom ?
Toujours vois-tu mon âme en rêve ? - Non.

- Ah ! les beaux jours de bonheur indicible
Où nous joignions nos bouches ! - C'est possible.

- Qu'il était bleu, le ciel, et grand, l'espoir !
- L'espoir a fui, vaincu, ver le ciel noir.


Tels ils marchaient dans les avoines folles,
Et la nuit seule entendit lur paroles.
(Fêtes galantes)

道行 ポオル・ヴヱルレヱン


寒いさむしい古庭に
今し通った二つのかたち。

眼おとろへ唇ゆるみ
ささやく話もとぎれとぎれ。

寒いさむしい古庭に
昔をしのぶ二人のかげ。

ーお前は楽しい昔の事を覚えてゐるか。
ーなぜ覚えてゐろと仰有るのです。

ーお前の胸は私の名をよぶ時いつも震へて、
お前の心はいつも私を夢に見るか。ーいいえ。

ーああ私等二人唇と唇とを合はした昔
危い幸福の美しい其の日。ーそうでしたねえ。

ー昔の空は青かった。昔の望みは大きかった。
ーけれども其の望みは敗れて暗い空にと消えました。

烏麦繁った間の立ち話、
夜より外に聞くものはなし。




colloque  〈男〉  対話 / mou1(mol) (女性形 molle)  弱い.生気のない, 活気のない / souvenir 〈自〉  《助動詞は ètre》 《非人称構文で》 《文》 Il me [te, lui...] souvient de [que...] 私〔君, 彼(女)〕の心に浮ぶ, を思い出す〔覚えている〕.―Te souvient-il de notre extase ancienne? (Verlaine) 「過ぎし日のわれらの陶酔いまだ覚えたまうや」./indicible  〈形〉《文》 言語に絶する, 曰く言いがたい. avoine 〈女〉  オート麦 /

なんか身につまされるお話しですねえ、殿方御同胞。男の方がロマンティックなんです。その点女性は常に現実的。でもこの夫婦、夫が妻を「tu」で呼んでい るのに妻の方は夫に対して「vous」を使ってます。これはどういうことなんだろう。昔は男尊女卑がそれほど非道かったのだろうか。夫が親密さを表現しよ うとしているのに妻の方がわざと「vous」を使って夫と距離を置こうとしているのかも知れない。

余丁町散人 (2003.3.23)

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訳詩:『珊瑚集』籾山書店(大正二年版の復刻)
原詩:『荷風全集第九巻付録』岩波書店(1993年)

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